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2006-10-25
目の悪い投票者
 晩ごはんのとき、おとうさんが出してきたたらこ。
 一口食べたとたん、
「なにこれ!? おいしい!」
 わたしは思わずたらこを見つめた。
「ははは、うまいだろ? 今日一番の仕入れだったんだけどな。
一日かけてもほとんど売れなかった」
「ええ? なんで? こんなにおいしいのに」
 するとおとうさんはため息をついて、
「色味が悪くてうまそうに見えないんだってさ」
「ええ? だってたらこって、こうでしょ? 
それに、おいしそうに見えなくたって
実際に食べておいしければいいじゃない」
 わたしの頭に乗る、さかなのにおいのする手。
「おまえは目が利くからな。でも、みんながみんな、
そんな奴ばかりじゃないんだ」

 次の日。
 晩ごはんのときにおとうさんが出してきたのは、
どくどくしい人工色をした たらこの切れ端。
「なにこれ?」
「昨日のたらこを染めたんだ」
「え〜、なんでぇ? もったいない」
「ところがすごい勢いで売れてったぞ。
これはおまえに食べさせようと途中で取っておいたんだ」
「へえぇ」
 そんないわれあるものなら、食べてみなくちゃ。
「なんか嫌な味が残るね」
「わかるか?」
 おとうさんはわたしの頭に大きな手を乗せて、やさしく撫でた。
「飾らない素のままがいちばん見た目もいいし
味もそこなわないのに、ごてごてと醜く飾り付けなきゃ、
選ぶ気も起きないんだとさ。……世の中ばかばっかりだ」