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2006-10-25
「はあ、なにこのお酒」
 趣のある街の小料理屋で異国人が聞こえよがしにつぶやいた。
「うちの国じゃお酒をスピリットって言ったりするのに。
うちの国じゃなくてもオード・ヴィーやウィスキーは『命の水』、
魂入ってるよ。なのにこの国のお酒はどう。
こんなふぬけた魂のないもの、水以下だよ」
「なんだと、外人風情に何の味がわかるってんだ!」
 怒りに任せて立ち上がる造り酒屋の若旦那――を止める
文学部の助教授が叫んだ。
「酒に魂がないだと? 酒は清らなもののサをケにつけた言葉で、
ケはキと読みお神酒になどに使われる。
キは気に通じ、魂の意味だ。味が悪くなることも
気が抜けると言うだろう。酒にある魂もわからずに、
その国の言葉もろくに話せない外人風情が、
知ったかぶりで語るなってんだ!」