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2006-11-09
おまつりの日々
 今日は近くの大きな神社で夏祭り。
 たいこに笛に、屋台にざわめき。
夜になるにつれて、見たこともないくらいに人が集まって、
熱気がだんだんに高まっていく。
あの空気、あのわくわく。普段田んぼと畑と山しかない
こんな町の、唯一と言っていいくらいの楽しみだ。
 だからせっかく友達と一緒に
はっちゃけようと思ってたのに……。

「ねーえー、変じゃない? ほんとに変じゃない?」
 玄関までの廊下をおかあさんに押されながら
わたしは何度も振り返る。
「変じゃない、変じゃない。かわいいよ」
 どこか適当に聞こえるのは気のせい?
 玄関の鏡で見る浴衣のわたしは、
なんだか別人みたいで落ち着かない。
「こんな女の子っぽいの、絶対なんか言って笑われる〜」
「なーに言ってるの。男の子たち、逆に見とれちゃうかもよ」
 見とれる……?
「ちょっ、ちょっと〜! やめてよ」
 一気に頬が熱くなる。
 こんなわたしを見て、どう思うんだろう。
似合うって思ってくれるのかな――あいつ。
「ほらほら。あんまり待たせるのもかわいそうだよ」
「う、うん」
 げたを履き、扉に手をかけて。
「ほんとに変じゃない?」
「うんうん。ほら」
「じゃ、行ってくるね」

 がらがらと戸を開ければ、差し込んでくる
お昼三時のまぶしい太陽。
 手でひさしを作りながら門柱を抜けると、
壁に寄りかかっていた男子たちが体を起こした。
「えと……おまたせ」
 つい顔をそらして、気恥ずかしさに立ちすくむわたしに、
「なんだよ、そんなかっこで行くつもりか?」
 あいつの声。
「え?」
 思わず振り向くと、シャツに半ズボンで
釣りざおをもった三人が驚いた顔でこっちを見ていた。
「今日、おま釣りに行くって言ったよな?」
 え? うそ……! なに、おま釣りって。釣り? 
お祭りじゃないの?
 おでこからじわじわと汗がにじんで、
腕が心臓に合わせるように震え出す。
 わたしは手を握りこんで、なんでもないように口を開いた。
「わ、わかってるよ。急いでたから普段着で
出ちゃったんじゃない。ちょっと待っててよね」
 わざとゆっくり玄関に入って――あわてて廊下に駆け上がった。
 ばかだ……ばかだ! なに勘違いしてたんだろ。
釣りに行くのをお祭りに行くんだと思っておめかしして。
 何でわからなかったんだろ。何で訊かなかったんだろ。
ばかばかばか! わたしのばか!
「どうしたの?」
 おかあさんの声に、こらえてた涙があふれてしまう。
「ごめんね、せっかく着せてもらったのに
お祭りじゃなかったんだって。いつもの服で行くね」
「え? なんなの?」
「いいから。脱ぐのはできるから」
 押し出すようにふすまを閉めて、一人泣きながら浴衣を脱いだ。
 帯をほどき、腕を抜き。横にたたんであった普段着に
替えて、深呼吸。
 ――泣いちゃだめだ、泣いちゃだめ。
そもそもあんな女の子っぽいの、
どうせわたしには似合わなかったんだ。
 鼻をすすり、目をぬぐい。
男子たちが気付かないように祈って外に出た。

「ごめんね、遅くなっちゃった」
 赤い目を気付かれないように、足元を見て声をかけると……
「なんだよ、そんなかっこで行くつもりか?」
 あいつの声。
「え?」
 思わず顔を上げると、さっくりと浴衣を着た三人が
隠しきれない笑みをこらえてこっちを見ていた。
「今日、お祭りに行くって言ったよな?」
 それだけ言うのがやっとのように、噴き出して笑うばか男子。
「ばはははは! おまってなんだ、おまって」
「すげえ! ほんとにひっかかった!」
 息も絶え絶えの笑いに、頭のどこか奥のほうが
なんだかすうっと冷えていく。
 ああ、そう……。ひっかけられたわけ。
釣られたわけね、わたしは。
「あははは、ほらな! こいつなら絶対受けると思ったんだ」
 得意げに言うあいつの横、飛び上がるように走り出す二人。
歩み寄るわたしの顔には、きっと笑顔が浮かんでいるんだろう。
「もういいから着替えて来いよ。
わざわざこんな早い時間にしたんだし、ゆっくりでいいぞ」
 なるほど。このばかな時間もはじめから
全部計算尽くだったわけだ。
「あとな」
 ふっと真顔で、
「釣りざおはいらないからな」
 言いながらがまんできないように笑い出す。
 なんでわたしはこんなやつ――!
 ぶるぶると震え出す腕。
「気をつけろー! そいつ、目ぇ笑ってねえぞー!」
 遠くからの声に驚いてわたしを見るけど、もう遅い。
「今さら後悔したところで」
 あいつを見すえて振りかぶる手。